車両盗難による車両保険金等請求の裁判例について
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車両盗難による車両保険金等請求の裁判例について

はじめに

車両盗難に遭ったと偽装して車両保険金の請求を行う事案があります。偽装が疑われた場合、保険会社は支払を行わないことになりますが、裁判に発展した場合、どうすれば保険金請求が認められるかを検討してみたいと思います。
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判例の枠組み

最高裁平成19年4月23日第一小法廷(裁判集民事224号171頁参照)がリーディングケースとなっており、保険契約者(請求者)側が「盗難の外形的事実」を主張立証しなければならない。そのためには、①「被保険者の占有に係る被保険自動車が保険金請求者の主張する所在場所に置かれていたこと」及び②「被保険者以外の者がその場所から被保険自動車を持ち去ったこと」という事実を立証する必要がある(争点A)。
また、その立証の程度については、単に「外形的・客観的に見て第三者による持ち去りとみて矛盾のない状況」を立証するだけでは、盗難の外形的事実を合理的な疑いを超える程度まで立証したことにはならないと解される。
仮にAが立証された場合、被保険者側が争点B「本件盗難事故が保険契約者(請求者)の故意によって招致された」ことを主張立証しなければならないこととなる。
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具体的な考慮要素

多くの裁判例は、争点A・争点Bを論じ分けて丁寧に事実認定されているものが多い。
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争点Aの①・②について、直接証拠・本人以外の供述があるかどうか、なければ本人の供述の信用性を下記観点・要素から慎重に検討される(私見)。

ア 本件盗難等事故現場の不自然性

・本件盗難等事故現場における犯行が見つかりやすいことなど・・・車両を盗難しようとすれば通行人に目撃される可能性が高く,窃盗犯がそのような状況下で犯行に及ぶことは通常考え難いかどうか
・本件盗難等事故現場の状況から犯行態様が不自然であること・・・残置物の有無、同所から本件車両が持ち去られたことをうかがわせる痕跡が残っているかどうか

イ 本件車両の盗難防止装置について

・イモビカッターの可能性の有無
・レッカー移動の可能性の有無

ウ 鍵の紛失の有無

・・・車両の盗難を偽装して保険金の騙取を試みる者は、保険会社に盗難被害を申告した後も、当該車両を移動、隠匿、転売等をするため、保険会社には所在不明と称して、スペアキーを手元に留め置く必要があり(この種の保険金請求訴訟を多数取り扱ってきた当裁判所に顕著な事実であり、弁論の全趣旨からも認められる。)、控訴人らが本訴でスペアキーの紛失を主張している事実は、本件車両の盗難を否定する有力な間接事実と評価できる(③裁判例)。

エ 本人供述の曖昧さ・変遷の有無
オ 本件車両の高価な追加装備

・・・高価な追加装備による車両代金の高額化は、後に保険金請求をする意図の存在を疑われてもやむを得ない事情といえる(③裁判例)

カ 過去の車両保険金請求の有無・回数
キ 保険金請求車両の所有名義の変遷

・・・同一名義であると過去の保険金請求の事実が判明しやすいため、これを回避しようとしたものであると解する余地は十分ある(③裁判例)

ク 盗難発見に至る経緯
ケ 盗難を発見したという時以後の被控訴人の行動
コ 本件車両の価値が窃盗の対象となるようなものか

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争点Bにて検討される要素は、保険契約者の経済状況・本件車両の購入代金の支払総額・盗難発覚後の支払の有無などが考えられる。また、上記エ以下も考慮要素に含まれると考えられる。
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裁判例について(上記最高裁以降)

①東京地判平成28年9月9日 棄却(A否定)

「本件盗難等事故現場の状況及び本件車両の被害状況が極めて不自然であること,被告の供述も不自然に変遷等していること,これらの不自然性は被告が本件盗難等事故を偽装したと仮定するといずれも合理的に説明できることからすれば,・・・被告が主張する各被害品が盗難されたとの事実を認めることはできない。」

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②静岡地判平成25年3月25日 棄却(A否定)

盗難の外形的事実の存否を様々な観点から丁寧に論じた裁判例である。本件車両においては、イモビカッターができないこと、車両侵入センサー及びオートアラーム搭載されていて、盗難防止待機状態であるドアロック施錠時に車内への侵入があった場合、アラームホーンが鳴動し、フラッシャーランプが点滅するため、周囲に気付かれずに本件車両内に侵入することは極めて困難であり、本件車両内のコンピュータ自体を交換する方法も取り得ないこと。さらに、本件車両内に侵入するためにまず本件車両のガラスを割ることが通常の手順であると考えられるが、本件駐車場にガラス片等がなかったことが認められた。またレッカー移動も駐車場の状況等や上記盗難防止装置からも不可能であることが判示されている。
鍵の紛失も認められるが、その点に関する供述の変遷があること、たまたま本件鍵を拾得した者(あるいはその者から何らかの経緯により本件鍵を取得するに至った者)が、警察署に遺失物として届けることなく、本件キーケースに入れてあった原告の運転免許証を見て当時の住居の住所を探し当て、その当日又は翌日には本件鍵を使用して本件駐車場から本件車両を持ち去ってしまうような事態も想定しづらいことを述べている。
♯イモビライザー

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③大阪高判平成25年3月1日 棄却(A否定)
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④東京地判平成25年1月30日 認容(主な争点はB)
エンジンがかかったままの本件車両の窃盗のケース 
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⑤大阪地裁岸和田支部判決平成24年10月5日 棄却(A②否定・Bと位置づけ?)

本件車両を盗む方法としては、主に、①本件車両をレッカー車や車両積載車を用いてその状態のまま運び出す方法、②真正なカギを使用せずに車内に侵入した上、レッカー車等を用いて運び出すか、真正な鍵を使用せずにエンジンをかけて自走させる方法、③真正な鍵を使用して車内に侵入した上、これを使用してエンジンをかけて自走させる方法が考えられるとして、これらの可能性がないことを丁寧に論じた裁判例である。
♯イモビライザー

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⑤大阪高判平成23年9月27日 棄却(A否定)

「被控訴人は、本件自動車を購入したときに受け取った本件自動車のキー二本(カードキー一本とリモコンキー一本)を保有しており、これらの真正キーは第三者によって窃取されたことがないこと、同年五月二九日午前五時ころに駐車した際に旋錠したことを供述している。そうすると、本件自動車を被控訴人と意を通じていない第三者が窃取する方法としては、①何らかの方法で真正キーを使用せずに車内に侵入してエンジンを始動させて運転する方法(自走の方法)、②レッカー車等の牽引車両による方法か積載車両による運搬の方法しか考えられない。そこで、これらの方法が考えられるか、検討する。」
この裁判例も丁寧に論じたものである。
♯イモビライザー

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⑥大阪高判平成23年8月24日 棄却

 

⑦さいたま地判平成23年7月19日 棄却

「しかしながら,当時本件駐車場に本件車両が駐車されていたことを裏付ける客観的な証拠はないし,同所から本件車両が持ち去られたことをうかがわせる痕跡も残されていなかったことは,原告も認めるところである。そして,前記のとおり,原告は本件車両に施錠したことを確認しているというのであるし,証拠によれば,本件店舗の裏側の出入口から本件駐車場を見通すことができ,本件店舗と本件駐車場の間の道路は交通の往来はさほど多くはないが,本件駐車場が周囲から人目につきにくい場所にあるわけではなく,本件店舗では,これまでに本件駐車場で車両が盗難にあったとの報告は受けていなかったこと,本件駐車場を含む上記複合商業施設の駐車場については,1時間おきに二人の担当者が30分かけて巡回しており,平成21年6月14日の午後6時から午後8時までの間にも巡回が行われているが,異常は見当たらなかったことが認められるのであって,そのような状況下で第三者が本件駐車場から本件車両を持ち去ることは,あり得ないことではないが,可能性が大きいとはいえない。」

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⑧千葉地判平成23年3月11日 認容

「なお、イモビライザー等の防犯装置については、これに関する知識の豊富なグループが、例えば、警報が作動するか試してみるなどの調査をし、その装備状況を確認した上で対処すれば、持ち去ることが十分可能であるから、前記判断を左右するものではない。
・・・本件車両が高級車であることからしても、盗難被害に遭うことが極めて不自然であるとまではいえない。」
♯イモビライザー

 

⑨神戸地判平成22年8月26日 認容

「以上認定の事実によれば、一般にイモビライザキーの複製は極めて困難であるとされているが、他方で、自動車盗難等の防止に関する官民合同プロジェクトチームによる防盗性能評価試験によれば、イモビライザの無効化は条件付きではあるものの技術的に可能であるとされ、講演やインターネット上などでもイモビライザ破りの方法が紹介されていること、さらには何らかの方法によるイモビライザ破りと見られる自動車の盗難が新聞報道されていることなどに照らすと、真正キーを使わないいわゆるイモビライザ破りにより自動車を盗取することは不可能とまではいえず、本件においてもその可能性は否定できないというべきである。
 また、レッカー車や積載車両による牽引ないし運搬による可能性をみるに、レッカー車や積載車両により本件駐車場から本件自動車を運搬することは、物理的には可能であることが認められる。もっとも、前記認定のとおり、本件駐車場は、閑静な住宅街の中にあり、周辺にはマンションその他の民家が存在し、一八号区画を含む本件駐車場の状況を見通すことができるようになっていることからすれば、上記の方法は人目につきやすく、また、積載車両を使用した場合には通常路面に残ると思われる荷台後部のローラーによる擦過痕が、前記認定のとおり本件駐車場には見当たらなかったことからすれば、可能性としては低いといえるが、窃盗犯人が自動車関係の業者を装うなどして作業をすれば、周囲に怪しまれずにこれを行うことも可能であると考えられるし、必ずローラーによる痕跡が残るといえるかも疑問なしとしないことなどに鑑みれば、レッカー車や積載車両による運搬が現実的には不可能であるとまでは断じ難い。
・・・原告が七七五万円の車両保険金を取得するために上記のようなリスクを冒してまで本件自動車の盗難を偽装するとは考え難いというべきであり、原告が故意に本件自動車の盗難事故を招致することについての経済的動機があるとは認められない。」

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⑩東京地判平成20年12月16日 認容

「・・・本件においては,事実①を直接認定し得る証拠として,平成18年5月8日午前5時40分ころ,本件駐車場に本件車両がとめてあったのを確認した旨のA及びBの陳述・供述がある。
 そこで,その信用性について判断するに,両者の陳述・供述内容は一致しており,本件車両を確認した経緯等を含めて内容に不自然な点はない。
・・・本件車両にはイモビライザーシステムが装着されていたこと,Aは,本件車両のドアをロックし,窓を全部閉めていたこと,・・・Aの下での鍵の紛失・盗難はなかったこと,鍵の複製はされていないことが認められる。
 そうすると,イモビライザーシステムが装着され,ドア及び窓が閉まっていた本件車両を,鍵なしに盗難することが可能かが問題となる。
 ①イモビライザーシステムそのものを破壊又は無効化して車両を自走させる方法,②車両を自走させることなく運搬する方法が考えられるが,コンピュータの解析作業を行うことによってイモビライザーシステムを無効化することは不可能ではないと認められる。また,本件車両には警報装置が装着されていなかったことが認められるから,本件車両を運搬することは可能である。よって,①及び②のいずれの方法によることも可能であったと認められる。
 ・・・本件駐車場があるのは,周辺に民家や田んぼがある地域であり,道路を挟んで向かいは駐車場や空き地となっていること,本件駐車場が面している道路は幅員約6メートルであることが認められ,これらの事実からすれば本件駐車場周辺はそれほど人通りが多い場所とはいえない。
 ・・・本件車両がとまっていた本件駐車場の状況からは,本件車両を積載・牽引して運搬することは物理的に可能であることが認められる。
 それ以前にも本件車両を本件駐車場にとめていたことがあったことが認められるから,たまたま一時的に駐車していた場合とは違って,本件車両が狙われて盗取された可能性も否定できない。
・・・盗難当時の本件車両の市場価格は,189万円から249万円程度であったことが認められ,本件車両には上記購入金額又は市場価格程度の価値があったものといえるから,本件車両が窃取対象とはされないとは一概には認められない。」

 

⑪東京地判平成20年5月27日 認容
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⑫東京地判平成20年4月14日 認容

「・・・本件車両が外国製の高級車であるため修理業者を装った窃盗団がレッカー車に積載する等の方法により盗取した可能性も高いことなど,本件に顕れた一切の諸事情を考慮するとすれば,原告代表者A以外の何者かにより,本件車両は本件路上から持ち去られたものと認められる。
・・・Aは,平成5年12月の創業以来,原告代表者を務める会社経営者であり,年間600万円の報酬を受け取るとともに,法人代表者としての必要経費を最大限活用し,平成17年9月期の第12期決算報告書によれば原告の経営状況はそれほど悪くないことが認められ,以上によれば,本件車両の盗難偽装,すなわち保険金詐欺という,もし発覚すれば,社会から排除されかねない危険を冒す目的や動機が見付からない。
 また,本件車両は,平成14年12月代金850万円で購入したものであり,このうち450万円はAが自己資金で支払い,残り400万円はクレジットローンを利用して支払われたこと,上記ローンの返済には遅滞などなく,本件車両が持ち去られた後もその返済が続けられていること,そして,本件車両は,レース仕様に整備改造するため総額約800万円もの費用が掛けられたことが認められ,そうすると,本件車両には,約1650万円の実質支出があるのに,本件車両の盗難による本件保険金額は890万円に過ぎず,保険金受領により得られる経済的利益はかなり少ない。」

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最後に

イモビライザーがついていてもイモビカッターができるのかどうかが最大の争点になるような感じがします。これは技術的な問題でしょう。

 

レッカー移動についても業者を装ってすることができるならば、盗難であるとの認定に転びうるのでしょう。

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