因果関係(被害者としての高齢者)
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因果関係(被害者としての高齢者)

最判昭和50年10月24日(東大ルンバール事件)

「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる硬度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうることを必要とし、かつ、それで足りるものである。」

 

 

素因減額

相当因果関係がある場合において、その損害がその加害行為のみによって通常発生する程度、範囲を超えているものであって、かつ、その損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与しているとき」に素因減額が検討されます。

 

心因的要因

最判昭和63年4月21日(民集42巻4号243頁)

「身体に対する加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合において、その損害がその加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合において、その損害がその加害行為のみによって通常発生する程度、範囲を超えるものであって、かつ、その損害の拡大について被害者の心因的素因が寄与しているときは、損害の公平に分担させるという損害賠償の法理に照らし、……民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、その損害の拡大に寄与した被害者の右事情を勘酌することができると解するのが相当である。」

り患していた疾患(体質的要因)

最判平成4年6月25日(民集46巻4号400頁)

 「被害者に対する加害行為と被害者のり患していた疾患とがともに原因となって損害が発生した場合において、当該疾患の態様、程度などに照らし、加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは、裁判所は、損害賠償の額を定めるに当たり、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して、被害者の当該疾患をしんしゃくすることができるものと解するのが相当である。」

最判平成8年10月29日・民集50巻9号2474頁

この判例は、素因減額が許されない場合について、以下のように述べています。
「被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有していたとしても、それが疾患に当たらない場合には、特段の事情の存しない限り、被害者の右身体的特徴を損害賠償の額を定めるに当たり斟酌することはできないと解すべきである。けだし、人の体格ないし体質は、すべての人が均一同質なものということはできないものであり、極端な肥満など通常人の平均値から著しくかけ離れた身体的特徴を有する者が、転倒などにより重大な傷害を被りかねないことから日常生活において通常人に比べてより慎重な行動をとることが求められるような場合は格別、その程度に至らない身体的特徴は、個々人の個体差の範囲として当然にその存在が予定されているものというべきだからである。」

 

 

法益論

損害についての因果関係が認められなければ賠償責任を認めてもらうことはできませんので、「適切な医療・介護を受けなかったので死亡した」というところまで立証できなければいけないように思われます。
しかし、法益を①その死亡時点において生存する高度の蓋然性(平成11年最高裁判例)・②その死亡時点において生存する相当程度の可能性(平成12年最高裁判例)ととらえることで、因果関係の証明責任の軽減を図られました。

 

生存していた相当程度の可能性

最判平成12年9月22日

この判例では、医療過誤事件において、医師が過失により医療水準にかなった医療を行わなかったことと患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないが、右医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明される場合における医師の不法行為が成立したと判示されました。

「医師が過失により医療水準にかなった医療を行わなかったことと患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないけれども、右医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明される場合には、医師は、患者が右可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負う。」

 

期待権侵害

かかる判例の流れから「期待権侵害」という不法行為類型が認められるかどうかが議論されることとなりましたが、期待権侵害の有無に関して判断した裁判例として、最判平成23年2月25日判決・判タ1344号110頁があげられます。
同判決は、下肢の骨接合術の術後の合併症として下肢深部静脈血栓症を発症しその後遺症が残ったと患者に関し、執刀医たる整形外科医が、患者の訴えた足の腫れ等の症状の原因が同血栓症にあることを疑わず専門医に紹介することもしなかったという事案で、因果関係も相当程度の蓋然性も認められない場合に、期待権侵害を認めるべきか否かについて判断したものです。
同判決で、最高裁は、

「患者が適切な医療行為を受けることができなかった場合に、医師が、患者に対して、適切な医療行為を受ける期待権の侵害のみを理由とする不法行為責任を負うことがあるか否かは、当該医療行為が著しく不適切なものである事案について検討し得るにとどまる」

とし、期待権侵害を理由とする損害賠償を認めませんでした。
もっとも、「著しく不適切」という留保はついております。

 

大阪地判平成23年7月25日判例タイムズ1354号192頁

出産後に羊水塞栓症を原因とするDICに陥り,転送先で死亡した患者に関し,電話連絡の過誤により輸血の緊急手配が30分程度遅れた病院の措置について,適切な医療行為を受ける期待権を侵害したとして,不法行為と評価し,慰謝料請求を肯定した事例です。

 

重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性

最判平成15年11月11日

1 開業医が,その下で通院治療中の患者について,初診から5日目になっても投薬による症状の改善がなく,午前中の点滴をした後も前日の夜からのおう吐の症状が全く治まらず,午後の再度の点滴中に軽度の意識障害等を疑わせる言動があり,これに不安を覚えた母親が診察を求めたことなどから,その病名は特定できないまでも,自らの開設する診療所では検査及び治療の面で適切に対処することができない何らかの重大で緊急性のある病気にかかっている可能性が高いことを認識することができたなど判示の事情の下では,当該開業医には,上記診察を求められた時点で,直ちに当該患者を診断した上で,高度な医療を施すことのできる適切な医療機関へ転送し,適切な医療を受けさせる義務がある。
2 医師に患者を適時に適切な医療機関へ転送すべき義務を怠った過失がある場合において,上記転送が行われ,同医療機関において適切な検査,治療等の医療行為を受けていたならば,患者に重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在が証明されるときは,医師は,患者が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負う。

 

診療契約上の債務不履行を認めたケース

最判平成16年1月15日

「平成11年7月の時点において被上告人が適切な再検査を行っていれば、Aのスキルス胃がんを発見することが十分に可能であり、これが発見されていれば、前記時点における病状及び当時の医療水準に応じた化学療法がただちに実施され、これが奏効することにより、 Aの延命の可能性があったことが明らかである」。本件においては、Y医師により再検査が実施されていないため、当該時点におけるAの病状は不明であるとしながらも、「病状が進行した後に治療を開始するよりも、疾病に対する治療の開始が早期であればあるほど良好な治療効果を得ることができるのが通常であり、Aのスキルス胃がんに対する治療が実際に開始される約3ヵ月前である前記時点で、その時点における病状及び当時の医療水準に応じた化学療法をはじめとする適切な治療が開始されていれば、特段の事情がない限り、Aが実際に受けた治療よりも良好な治療効果が得られたものと認めるのが合理的である」として、一般的経験則を用いて、治療効果の有無に関しての判断を行い、本件では「Aの病状等に照らして化学療法等が奏効する可能性がなかった」といった特段の事情がうかがわれない以上、「前記時点でAのスキルス胃がんが発見され、適時に適切な治療が開始されていれば、Aが死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性があったものと言うべきである」として、Aがその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性が認められるとの判断を示しました。

 

 

医療・介護事故における因果関係

最判平成11年2月25日(肺癌見落とし事件)

一 医師が注意義務に従って行うべき診療行為を行わなかった不作為と患者の死亡との間の因果関係は、医師が右診療行為を行っていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度のがい然性が証明されれば肯定され、患者が右診療行為を受けていたならば生存し得たであろう期間を認定するのが困難であることをもって、直ちには否定されない。
二 肝硬変の患者が後に発生した肝細胞がんにより死亡した場合において、医師が、右患者につき当時の医療水準に応じた注意義務に従って肝細胞がんを早期に発見すべく適切な検査を行っていたならば、遅くとも死亡の約六箇月前の時点で外科的切除術の実施も可能な程度の大きさの肝細胞がんを発見し得たと見られ、右治療法が実施されていたならば長期にわたる延命につながる可能性が高く、他の治療法が実施されていたとしてもやはり延命は可能であったと見られるとしながら、仮に適切な診療行為が行われていたとしてもどの程度の延命が期待できたかは確認できないとして、医師の検査に関する注意義務違反と患者の死亡との間の因果関係を否定した原審の判断には、違法がある。

 

最判平成12年9月22日(心筋梗塞見落とし事件)

医師が過失により医療水準にかなった医療を行わなかったことと患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないけれども、右医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明される場合には、医師は、患者が右可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負う。

 

 

高齢であること

高齢であることをもって直ちに因果関係を否定することにはなりません。また、素因減額を適用することにもなりません。

岡山地判平成12年4月6日

主治医の判断は、訴外Aの死因が本件事故とは無関係に発生した脳内出血によるものであるとするものであり、右の判断が訴外Aの治療行為を直接担当した医師の意見であることからすると、無視し難いものがあるといわざるを得ないけれども、その医学的根拠は明らかでないといってよいところ、鑑定人の指摘するように、訴外Aが本件事故によって骨盤骨折を中心とする重度の多重外傷を受けたことは明らかであり、とりわけ、骨盤内大量出血による長時間の血圧低下のためプレショック状態にまで陥った結果、不可逆的な脳実質の機能低下が引き起こされ、このため意識障害が数か月という長期にわたり継続したことにより全身状態の悪化が招来されたことは容易に首肯しうるところであり、その間において全身状態不良のため肺炎を併発したことによる高熱症状の持続さらには脳循環不全による高血圧症状の持続が頭蓋内圧の亢進を促進し、これがさらなる全身状態の重篤化に寄与することによって頭蓋内圧の亢進を促進するという相乗作用が重要な素地となって脳内出血を引き起こしたことから、脳死状態となり、訴外Aの死亡がもたらされたものと推認することは、訴外Aが受傷直後のプレショック状態を脱した後も一一か月にわたりほとんど症状の改善が認められないまま死亡したという前記経過からみて、十分に可能であるというべきである。訴外Aが受傷当時八一歳という高齢であり、脳実質萎縮・多発性小脳梗塞が右の脳実質の障害を促進する要因の一つとして働いたことは鑑定人の認めるところであるが、脳実質萎縮・多発性小脳梗塞がその内容・程度からして重要な要因であったとは認め難いことからするならば、右の疾患の存在は、本件事故による傷害と死亡の間に相当因果関係を肯定する上で何ら障害となる事情ではないというべきである。また、右の要因が存在するため、医学的には本件事故で受けた傷害の死亡に対する原因比率が八〇パーセント程度であるとみられるとしても、法的判断である因果関係の判断に当たり、右の事情のゆえに相当因果関係の存在につき割合的に認定するのが相当であるということはできない。

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